世界遺産の宝庫!神秘の古代文明から激動の現代まで辿るメキシコ歴史旅

メキシコの歴史
メキシコ

メキシコには数多くの遺跡をはじめ、たくさんの魅力的な世界遺産があります。観光で現地を訪れる際にも、メキシコの歴史をあらかじめ知っておくと、旅の感動が何倍にも膨らみますよ!

ここでは、メキシコが歩んできた激動の歴史を分かりやすくご紹介します。


1. 古代メキシコ:オルメカ、マヤ、そしてアステカ

メキシコの地には、今から約1万2000年も前から人々が住んでいたとされています。

その歴史の始まりは、遥か昔にアラスカからアメリカ大陸へと渡ってきたアジア系の人々が、現在のメキシコへと到達したことでした。メキシコが位置する「メソアメリカ」と呼ばれるエリアには、その後、多種多様な高度な文明が次々と花開くことになります。

その中で最も古く栄えたのが、謎に包まれた「オルメカ文明」でした。この文明の象徴である巨大な人頭像などの遺跡が、ベラクルス州の南部やタバスコ州で数多く発見されています。

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CC 表示 3.0

続いて登場する「マヤ文明」は、メキシコ南部やユカタン半島をはじめ、グアテマラ、ベリーズ、ホンジュラスという広大なエリアで栄えた文明です。マヤ族は主に農業を営んでいましたが、同時に独特の「マヤ文字」も生み出しました。この文字は現在でも完全には解読されていません。

また、マヤ文明の人々は時間の測定や天体に強い興味を持ち、星の移動を執拗に観察することで、現代の暦にも匹敵する極めて精密なカレンダーを作成しました。さらに数学の概念において「ゼロ」を巧みに用いるなど、数多くの偉大な功績を残しています。

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By George and Audrey DeLange (see delange.org) – http://www.delange.org/ArchMuseum3/ArchMuseum3.htm, Attribution,

その後、現在私たちが「メキシコシティ」として知っている場所の歴史へと繋がります。実はその昔、この場所は「テスココ湖」という広大な湖でした。その湖の上に、アステカ族の壮大な首都「テノチティトラン」が築かれたのです。

もともと「アストラン」という土地に暮らしていたアステカ人は、守護神の神託に従い、新しい街を作るための旅に出ました。街を築くべき場所として神が告げたのは、あまりにも特別なシーン。それは『サボテンの上に立ち、蛇を喰らう鷲が現れる場所』でした。

アステカ人は何年もの歳月をかけて旅を続け、ついにその光景を発見します。しかし、そこはテスココ湖の真ん中に浮かぶ小さな島でした。それでも神の指示を信じた彼らは、その島を中心として周辺の湖を少しずつ埋め立て、水上の大帝国テノチティトランを作り上げたのです。

2. スペイン植民地時代:300年に及ぶ激変の歴史

テノチティトランを中心に大いなる繁栄を誇ったアステカ文明でしたが、1519年にスペインの征服者エルナン・コルテスが現れたことで、運命は一変します。ここから2年間に及ぶ激しい戦争の時代が始まりました。

スペイン人が持ち込んだ、先住民にとって未知の武器や、免疫のないヨーロッパの病気(天然痘など)が猛威を振るい、アステカは敗北。帝国は征服されてしまいました。

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By User:JEDIKNIGHT1970, CC 表示-継承 3.0,

1521年から、メキシコはスペインの植民地となり、社会は劇的な変化を迎えます。ヨーロッパ人と先住民の混血が進み、言語としてのスペイン語、そして宗教としてのカトリック教会が深く導入されていきました。この植民地支配の状態は、その後ほぼ300年もの長きにわたって続くことになります。

3. 独立・革命から現代の発展へ

やがて、植民地政府による不平等な支配や抑圧に反対する混血(メスティソ)や先住民のメキシコ人たちが立ち上がり、1810年から1821年にかけて悲願の「独立革命」が起こされました。激しい戦いの末、メキシコは見事にスペインからの独立を果たします。

スペインから独立した当初のメキシコは、現在のアメリカ南部から中央アメリカまでをも含む、非常に広大な領土を有していました。しかし、誕生したばかりの国家として多くの内部問題を抱えていたメキシコは、フランスやアメリカといった強国の侵略に晒されることになります。フランスには多額の賠償金を課され、アメリカとの戦争(米墨戦争)では、悲しいことに元々の領土の半分以上を失う結果となりました。

その後、数々の試練を乗り越えて完全な独立を維持したメキシコは、大きく経済成長を遂げていきます。20世紀初頭からは国内の経済的・文化的な発展が世界にも認められるようになり、1968年には近代化の象徴として「メキシコオリンピック」が開催されるまでに至りました。

現在では、名実ともに中南米諸国を力強く牽引するリーダー国家として、さらなる発展を続けています。


4. 詳細メキシコ歴史年表

史実に基づいた、古代から現代にいたるメキシコの歴史年表です。

年代・年 歴史的出来事・事実
紀元前12000年頃 アメリカ大陸を南下してきた人々が現在のメキシコ領域に定住を始める(先史時代)。
紀元前1200年頃 メソアメリカ最初の文明とされる「オルメカ文明」がベラクルス州やタバスコ州周辺で栄える。巨石人頭像などが作られる。
紀元前400年頃 オルメカ文明が衰退。入れ替わるようにユカタン半島一帯で「マヤ文明」が勃興。広範な都市ネットワークを形成し始める。
250年〜900年頃 マヤ文明の古典期(黄金時代)。精密な暦(カレンダー)の作成、マヤ文字の使用、数学における「ゼロ」の概念の導入が行われる。
1325年 アステカ族が神託に従い、テスココ湖の島に首都「テノチティトラン」(現メキシコシティ)を建設。
1428年 アステカ同盟(アステカ帝国)が成立。中央メキシコ一帯を支配する強大な帝国へと発展。
1519年 スペインの征服者エルナン・コルテスがメキシコ沿岸に上陸。アステカ帝国との戦闘・交渉が始まる。
1521年 コルテス軍が首都テノチティトランを陥落させ、アステカ帝国が滅亡。スペインによる植民地支配(新スペイン副王領)が開始される。
1521年〜1810年 約300年間に及ぶスペイン植民地時代。カトリックの布教、スペイン語の定着、ヨーロッパ人と先住民の混血化が進む。
1810年 ミゲル・イダルゴ神父らが独立の叫び(グローレスの叫び)をあげ、スペインに対する独立戦争が勃発。
1821年 コルドバ条約の締結により、メキシコがスペインからの独立を正式に達成(メキシコ第一帝国の成立)。
1846年〜1848年 アメリカ・メキシコ戦争(米墨戦争)が勃発。敗北したメキシコは、グアダルーペ・イダルゴ条約により、カリフォルニアやテキサスなど国土の半分以上をアメリカに割譲。
1861年〜1867年 フランス軍の軍事介入(メキシコ出兵)を受け、一時的にフランス傀儡のアヘン帝国(マクシミリアン皇帝)が樹立されるが、後に共和国軍が奪還。
1910年〜1920年 長期独裁政権に対する不満から「メキシコ革命」が勃発。民主化や土地改革を盛り込んだ1917年憲法が制定される。
1968年 ラテンアメリカ地域で初となる「メキシコシティ・オリンピック」が開催され、国際社会における近代化と経済成長を証明。
現在 中南米地域における政治・経済の主要国家(リーダー国家)として、国際社会を牽引している。

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